憧れのサハラ砂漠とモロッコ。

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ぼくらがここを創るまで、ぼくらもここに出会うまでのプロローグを綴っています。

モロッコ。サハラの朝日。

エジプト「ルクソール」から空路で、モロッコ「マラケシュ」へ。

マラケシュは「新市街」と「旧市街」に別れ、
新市街は、近代的な建物も立ち並び想像していた以上に綺麗な都市の印象。
旧市街は城壁に囲まれ、路地が迷路の様に入り組んでいて、モロッコ独特な空気。

僕が滞在したのは旧市街。
入り組んだ路地の独特な雰囲気はとても魅力的でした。

旧市街の路地。
タジン鍋の露店。

色鮮やかな織物や陶器などの民芸品は物欲を駆り立て、
炭火にかけられた露店のタジン鍋は、想像以上に美味しく、
乾燥した空気のモロッコでは、フレッシュジュースやミントティーが爽やかに喉を潤してくれます。

爽やかなフレッシュジュース。

観光地でありながらローカルな空気も感じる事ができる魅力的な町。
イスラム文化独特な造りの建物と民芸や香り、民族衣装を纏った現地の人が行き交う路地は歩いているだけで映画の世界の様な楽しい時間でした。

数日その雰囲気を堪能し、バスでサハラ砂漠を目指し「メルズーガ」へ。
メルズーガは、砂漠の中にある小さな町。

サハラの拠点。メルズーガ。

サハラを目的に観光客も多く本来であれば、数人のグループを作ってサハラ砂漠へ1泊2日ほどのキャンプツアーに行くのですが、
僕が訪れた時はたまたま観光客はおらず、翌朝ガイドと2人でサハラ砂漠キャンプへ行くことに。

ガイドは、ベルベルジンと呼ばれる砂漠の民。
まだ当時17歳という彼はとても気さくで、道中色々な事を教えてくれたり楽しく過ごす事ができました。

先住民である彼は、何もない砂漠の道を迷いなく進んで行きます。
細かい砂がゆえに、僕らが歩く足跡も風が吹くとすぐになくなってしまいます。
僅かにそれぞれが違った砂丘や太陽の位置、夜は星などを目印に進んで行くと教えてくれましたが、動く太陽や星だけで距離間を感じづらいあの環境を迷うことなく進むのは困難なはず。
長くこの地に暮らす彼らには、彼らが自然と感じる事のできる何か指針があるように感じました。

ガイドのベルベルジン。
足跡もすぐ消えてしまう。

砂漠を抜けた先に、黒砂漠と呼ばれる荒野のような土地が現れました。
そこが一夜を過ごすキャンプ地。

この日の寝床。

土造りの小屋の様な家とテント。
そこで暮らしているという彼のお母さんとヤギや鶏たち。
ここでのキャンプはただ空の移り変わりや、風を感じて過ごすとてもシンプルで最高な時間でした。

宿泊先のホストマザー。

彼の友達も合流し、夜は乾燥した砂漠に生えた草を燃やしてキャンプファイヤー。
小屋も見失うほど真っ暗な夜を、ここでも迷うことなくサクサクと歩くガイドとその友達と3人で夜の散歩をしたり。
満天の星空の下で、寝そべって。
そのまま気付くと朝まで寝てしまいました。

夜の散歩とキャンプファイヤー。

朝は、優しく昇る太陽に起こされ紅茶を飲んで。

何もない、何もすることのない。ただその日の移り変わりを感じるだけ。
ツーリストだからこそ、すべき仕事もなければご飯の支度もなく過ごすことのできるとても贅沢な時間です。

太陽が昇りきったお昼頃、またメルズーガに向けて出発しました。
途中でカップルのツーリストとたまたま合流し、ガイドも含め子供のようにはしゃぎながらの変わらずぬ景色に飽きることなく帰路を楽しむ事ができました。

帰路は三頭のラクダで。

今回は一人で、あの景色を感じ感動することができました。
次は誰かと、あの景色と感動を共感できたら。

サハラは一人旅をする中で、誰かと過ごす時間の大切さを改めて感じさせてくれた場所でした。
この場所はいつか必ず戻ってきたい場所の1つになりました。

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憧れのルーツ「エジプト」

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幼い頃の憧れの地「エジプト」
幼い頃の憧れの地「エジプト」

ヨルダンから船で、エジプトへ。
貨物船での入国だったので、同じ船にツーリストの姿もなく、何処に行ったらいいのかも分からない。

近くで荷下ろしの作業をしていた人に、話を聞いてビザを発行してくれる窓口まで案内をしてもらいました。

丁度、お昼時で窓口が開くまで1時間ほど待たないといけないと言うことで、炎天下の中途方に暮れながら時間が過ぎるのをただただ待ちました。

1時間後、無事ビザをゲットし外に出るとバスと、乗り合いタクシーがパラパラと目に入るものの、目的地「カイロ」行きのバスは今日はないとの事・・。
乗り合いタクシーもさすがにカイロまでは行かないと、ことごとく断られてしまい、さてどうしたものか。
(近くの町やツーリストがこの場所から向かうダハブへのバスは数多くあったのですが、カイロ行きはたまたまなのかその日はないとの事。)

周りには港の施設以外の建物も見当たらないこの場所に、泊まれるような所もなさそうなので、必死にタクシーや貨物車両に声をかけカイロまで連れて行ってくれと交渉しました。

ようやく人が集まればカイロまで向かってくれるという乗り合いタクシーを見つけ、乗って待っていろとの事なので、乗り込みました。
バックパックを車の上に積まれてしまったので、もう後には引けない状態。
そのまま4時間程経過・・。一向に人は集まらず、出発する気配もありませんでした。

どんどん空も夕方のオレンジへと変わり、カイロに着く頃には夜になってしまう。
特に宿も決めていなかったので少し不安を感じ始めたその時、5~6人のエジプト人が車内に乗り込んできました。
ようやく満席になった所で、何も言われぬまま車は動き始めました。

港を出ると、当たり一面砂漠。
空は夕方から夜へ移り変わっていき、窓からの景色はとても幻想的でした。
(ここまでの景色や状況は不安な気持ちとぎゅうぎゅう詰めの車内で、写真に1枚も残っていません。今心から残念に思っています。)

ヨルダンのペトラを出発したのが、朝7時頃。
日付が変わる前、ギリギリ23時過ぎに「カイロ」に到着しました。

着いたはいいものの、ここが何処なのか、何処に何があるのかもわからない状態。
ふらふらと彷徨っていると、エジプト人の若者2人組に話掛けられました。
2人はとても親切で、バックパッカー向けの安宿が集まる地域まで案内してくれました。
(しかも、電車の切符まで買ってくれました。本当に救われた。)

チェックインを済ませ、荷物を降ろすとヘトヘトになっていた僕はそのまま就寝。

翌朝目が覚めて、すぐに「ピラミッド」へ向かうことに。

ピラミッドを始めとするエジプトの遺跡は僕が幼い頃、初めて海外に興味を持ったきっかけでした。
小学校3年生の冬。1ヶ月程入院生活を送った事があります。

自由に動く事も制限された1ヶ月間の入院生活の中で、病院内の小さな書店で親に買ってもらった一冊の本に僕は夢中になりました。

「古代エジプト文明の謎」

良くコンビニで見かける、分厚いサブカル本です。
その本は、退屈であったはずの僕の入院生活にワクワクを与えてくれ、初めて海外に行ってみたいと興味を与えてくれました。
この本がきっかけで、あまり勉強に面白さを見出すことのできなかった僕が「歴史」だけは楽しく学ぶ事ができました。

あれから15年程たったこの時、僕はエジプトを訪れピラミッドや王家の谷を自分の目で観て感じる事ができました。

幼い頃憧れた「ピラミッド」
幼い頃憧れた「ピラミッド」

王家の谷。ルクソール郊外。
王家の谷。ルクソール郊外。

観光地であるが故に、思っていたような宇宙のパワーを感じるようなミステリアスな場所ではなかったかもしれません。

でも、自分の足でその地に立ち、自分の目であの日写真を見ながら想像していたものを見ている状況には、
とても感慨深いものがありました。

小さい時から古代文明や遺跡、宇宙に憧れを抱き想像してワクワクしていましたが、
考古学者や宇宙飛行士を憧れはありましたが、不思議と目指そうと思った事はありません。
想像していたのは、いつも憧れの、その場所に立っている自分でした。

本で見た景色。
本で見た景色。

小さい頃に憧れた「エジプト」。意識することなくその地を訪れ、思い出した記憶です。

エジプトには、そんな昔の自分を思い出し「今」に浸る事のできる時間がありました。

憧れを持ち、その場所に立ち、今後どう自分の中で生かすのか。
また1つ、大きな楽しみを抱いた場所でした。

忘れていた、今の自分のルーツの1つを思い出す事がよかったと思います。
過去に憧れた自分が、いつか今の自分になる。そんな幸せな瞬間があることを知ることができました。

がんばろ。

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「ヨルダン」で憶う。

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ヨルダン「アンマン」
ヨルダン「アンマン」

トルコから空路で、中東「ヨルダン」へ。
本当は陸路で、シリアを経てヨルダンを訪れる予定でしたが当時シリア国内では内戦が始まったばかり。国境は封鎖されている状態。
インドで出会った旅人に、
「シリアのパルミラがとても印象的だった。」
という話を聞いていたので、できることなら訪れてみたかったと少し残念に思いつつ、元々臆病な僕は、危険な地域に冒険心で乗り込めるような勢いがあるはずもなく、迷わずアンマン行きの航空券を手配しました。

「次はヨルダンに行くよ。」

日本にいる親や友人と連絡を取る中で次の行き先を告げると
「大丈夫?」や「危なくないの?」と決まって返事が返ってきました。

ここまで色々な場所で出会った旅人の多くは中東の国々をまわってきて人ばかりで、もちろんヨルダンについても色々と話を聞いていたので、
その時の僕には不安は特にありませんでした。
興味を持たないと、日本ではあまり良い情報が入りづらい「中東」の国々。
旅人から得た「すごく良かったよ。」という情報にむしろワクワクしていました。

アンマンの空港に到着して、目星を付けていた宿までバスで向かうことに。

空港のインフォメーションで行きたい地域を伝え、案内されたとおりのバスに乗り込みました。
どこまで行くのかもあまり分かっていなかった僕が少し不安を抱いていると
案の定、だだっ広い駐車場のような所で「終点だよ!」と降ろされてしまいました。

たまたまなのか、他の国では何処に行っても一人くらいはツーリストらしき人を目にしていたのにそこには現地の人ばかり。
みんな良くテレビや写真で観ていたとおり、頭にストールを巻き付け、髭を蓄えて、チラホラ銃を持った人も。

フラフラと彷徨う。

日陰もない、広い広場に数台のバスとタクシー。
ふらふらと彷徨っていると、タクシー運転手に話かけられました。
目星を付けていた宿を伝えると友達が働いているとの事だったので、そのタクシーでアンマンの中心地にある目的地まで連れて行ってもらうことに。

目的の宿に到着し、荷物を降ろし食事がてら散策に。
中心地は車も多く、都会的な雰囲気。
決して大都会ではありませんが、ここが中心地という空気。

アンマンの公園。
アンマンの公園。

過ごしてみると、治安も良いように感じました。

町も比較的綺麗な印象で、人も親切。色んな事を教えてくれました。
これはイスラム教徒なら当たり前の事だから、と親切にしてくれる人。
ヨルダンの(中東の)良いところや、今の状況を話してくれて、実際に訪れて感じた僕に伝えてほしいという人。
でも付け加えるように、一部危ない地域には安易に行ってはいけないよと忠告もされました。

ジャーナリストやカメラマン。今のリアルな中東の状況を他の国に伝えてくれる人々に、ヨルダンの人たちはとても感謝している印象でした。
しかし、一方で危険をおかしてまでその地に向かう人を止めたい。そう思う人もいるようでした。

僕は、たった数週間しかヨルダンに滞在していません。
なので、分からない事だらけです。

でも、僕はここで過ごした短い期間で中東地域への印象はガラッと変わりました。

アンマンから死海へ。
ペトラ遺跡と本当にベタな所にしか行けていません。

死海。塩分濃度が高く、身体がプカプカと浮く。
死海。塩分濃度が高く、身体がプカプカと浮く。
想像以上に広いペトラ。
想像以上に広いペトラ。

ですが、訪れた場所はどこも良く印象的で
更に話を聞いたり、調べると「行きたい!」とワクワクする国や場所が中東地域にはたくさんありました。

当時はその雰囲気を感じてみたい。
という好奇心で、中東「ヨルダン」を訪れました。
なので、スケジュールもタイトになってしまいました。

次はじっくり中東をまわってみたい。
訪れた事で、できた未来への楽しみです。

「ヨルダン」は僕に、実際に訪れて感じないと分からない空気があることを教えてくれました。
これは勿論旅を通して常に感じている事でもあります。
でもここで感じたのは、いつもとは少し違ったことを憶いました。

ペトラ遺跡より。
ペトラ遺跡より。

インターネットやSNS,メディアを通して色々な情報を得られる昨今。
先入観や思い込みのイメージは捨てて、純粋にもっと地球を観て感じたい。
そんな未来への楽しみをお土産にくれた国が僕にとっての「ヨルダン」です。

※ 最終日。この日はこの旅初めての船での国境越えでした。
早朝指定されたバスで港へ向かう予定が、まさかの寝坊・・。

何とかタクシーを捕まえ向かったものの、間に合わず。
見かねたタクシーのおじさんが貨物船のチケットを格安で手配し、朝食をご馳走してくれ、船に持っていけと軽食まで持たせてくれました。

最後の最後まで、いい印象しかないヨルダン。
いつかまた会ってお礼が言いたいと、今でもふと思い出します。

貨物船から。

海の国境越え。

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